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№96    

洋酒の店「黒船」


 

「中越」

 

新潟県の中央に位置する商工業都市「長岡市」。

 

江戸時代後期(幕末)には筆頭家老として名を馳せた

 

河井継之助を擁する長岡藩の城下町として繁栄し

 

現在では越州を代表する米、酒の生産地として

 

人口約23万5千人強を持つ新潟を代表する都市だ。

 

その長岡に平成16年10月23日17時56分

 

マグニチュード6.8という巨大地震が襲った。

 

ご存じの通り「2004年新潟県中越地震」である。

 

甚大な被害を引き起こした地震後3ヶ月を経過した頃

 

仕事で長岡入りする機会があり、その夜どうしても

 

立ち寄りたい一軒の老舗バーへ電話を入れてみた。

 

「福田マスター、お店の方は営業なさってますか。」

 

「おー、ふるちゃん、うちは何とか大丈夫だったよ。」

 

「今、長岡へ来てますので今からお邪魔しますね。」

 

正直言って電話をかけて大丈夫なのかという気持ちが

 

自分の中にあったのは間違いなく少しホッとする。

 

なにせ私も平成5年釧路沖地震(マグニチュード7.8)

 

の際にはビル6Fにあるレストランバーのカウンターで

 

タンブラーを磨いている最中に大地震を経験したのである。

 

その時にはお客様のキープボトルを中心に洋酒ボトルが

 

60~70本くらいは軽く割れてしまったと記憶している。

 

店の中はアルコールの臭いが充満し女性スタッフなどは

 

停電の中で後かたづけしている最中にそれで酔ってしまう。

 

つまりバーにとって「地震」というのは最も大敵なのだ。

 

長岡駅から少しの所、この街の繁華街である「殿町」へ。

 

帆船のシルエットが描かれた丸形の看板に灯りが点る。

 

お店へと続く階段をゆっくり上ると突き当たりの壁には

 

「謹んで震災のお見舞い申し上げます。ガンバリましょう。」

 

と温かく丁寧な毛筆で書かれた一枚の張り紙を見つける。

 

書き手はバー「黒船」オーナーバーテンダー福田雄一氏。

 

日本バーテンダー協会全国公認審査員のご経験も持つ

 

職歴30年以上のヴェテランバーテンダーである。

 

 


「一本」

 

バードアを開けると地元のお客さんで賑わっている中、

 

お客様と会話する小柄で白髪まじりの福田マスターが

 

私を微笑で「いらっしゃい」と声を掛け迎えてくれる。

 

お店は地元のお客さんで大変賑わっており活気に溢れ

 

早速ストゥールに座りジン・トニックをオーダーすると

 

「釧路や神戸の地震の教訓が本当に役に立ったよ」と

 

生ライムを搾りながらバックバーを見つめる福田さん。

 

洋酒のボトル瓶が並ぶ各酒棚の一番手前の低い位置には

 

金柵が横一本付いており、釧路や神戸では地震後の

 

バー各店が取り付けるようになった滑り落ち防止用の

 

ストッパーの役割を果たす金具だ。確かな効果がある。

 

「何せ24時間揺れてるんだから店にも居られなくてさ。」

 

と地震発生の翌日に発刊された地元紙を見せてもらうと

 

震度3~6の幅で数分、数十分に一度余震が発生しており

 

ほぼ24時間連続して揺れたことが時系列表から分かる。

 

バーカウンターの両側に座る常連さん達も話に加わると

 

お店の中は地震話一色。地震の恐怖とその後の苦労話だ。

 

話が盛り上がっている中、福田さんがザ・グレンリベットの

 

オフィシャルオールドボトルをバックバーから取り出し

 

静かにショットグラスへと注ぐ。トクトクとイイ音だ。

 

「今回の中越地震でも割れなかった縁起佳い一本だよ。」

 

と開店当時からあるという貴重な一本を分けて頂いた。

 

呑み慣れたこの銘柄もどこかいつもとは違う味に

 

つい感じてしまうのは奇跡的な一本だからだろう。

 

 

 


洋酒の店「黒船」

 

新潟県長岡市殿町3-4-1

 

0258-36-5690

 

最寄り駅

 

JR長岡駅より徒歩5分

 

お店一口メモ・・・

 

いつも地元新潟のお客さんでワイワイ賑わう

 

とてもアットホームなお店のカウンターに

 

凛と立つ「ダンディー」という言葉がピッタリの

 

福田さんは多くのバーテンダーから慕われ

 

そして尊敬される名バーテンダーです。

 

新潟・長岡へ行く機会がございましたら

 

福田さんとお酒の話でゆっくり語らながら

 

豊かな時間を過ごすことを是非オススメします。