Compass

№62     

「 EAU DE VIE 」


 

「静坂」

 

上野・日暮里からもほど近い「谷中(やなか)」は

 

「天王寺」や「谷中霊園」など

 

寺院や墓地霊園が多いせいか

 

夜にもなると都心とは思えない静けさを持つ。

 

地下鉄千駄木駅から三崎坂の道をゆっくりと登る。

 

やっと坂上にさしかかると既にあたりは真っ暗で

 

虫の音だけが静かに響き渡っている。

 

そんな中、交差点の角にぼんやりと

 

一軒の止まり木の灯りが輝いているのが分かる。

 

バードア横には「EAU DE VIE」と

 

書かれた文字がうっすらと浮かび上がり

 

私はネクタイをキチンと締め直す。

 

静かにバードアを開けると店内からは

 

ジャズギターの音色が美しく流れ、

 

カウンターに立つオーナーバーテンダー

 

熟年の渋みを感じる新田申幸氏が

 

優しい笑顔で迎えてくれる。

 

年季の入った落ち着きある木製ストゥールに腰掛け、

 

まずはジン・トニックをオーダー。

 

BGMには私の大好きなエヴァンス作曲の

 

「マイ・ロマンス」が大変心地よい。

 

店名はフランス語で「生命の水」を指す。

 

 


「奇景」

 

私の知る都内のバーテンダーの方々には

 

銀座「テンダー」の上田和男オーナーをはじめ

 

北海道に在住経験がある方が多い。

 

新田さんもその内のお一人であり、

 

根室海峡に接する北海道東部の小さな町、

 

サロマ湖とならび砂嘴として有名な

 

野付半島のある「別海町」に

 

2年ほどお住まいになったことがあるそうだ。

 

別海町は人口約1万6千人強の酪農の町。

 

半島は白鳥の飛来地としても有名で

 

人々も大変温かく私の大好きな町でもある。

 

この町で有名な観光スポットに「トドワラ」がある。

 

「トドワラ」とは海水の浸食と潮風によって

 

砂嘴に立ち並ぶトドマツ林が立ち枯れ

 

白肌の木々が一体に広がる地帯であり

 

別名「木の墓場」とも言われ、

 

大変幻想的で不思議な風景地である。

 

数年後には風化が進むために

 

そのトドワラの木々も全て砂と化してしまい

 

トドワラ跡だけが残ると言われる

 

何だかとても儚く切ない風景地でもある。

 

奇しくも霊園墓地に囲まれたここ谷中で

 

新田さんと遠く離れた日本の最東にある

 

木々の墓地:トドワラに想いを馳せて

 

お酒を呑みながらゆっくり語らうというのも

 

確かな縁というものであろう。

 

手元のグラスの中身もこれまた

 

香り高くまろやかな味わいの

 

スペサイドモルトの佳酒「LINKWOOD」。

 

ボトルラベルに描かれた白鳥が

 

別海町:白鳥台の水面で休む

 

一羽の白鳥を連想させる。

 

ふと耳を音楽に傾けると

 

「ア・フォギー・デイ」が流れている。

 

日本訳で言うと「霧深き日」。

 

遙か東のトドワラや白鳥台は

 

今頃深き霧に包まれているのだろうか。

 

 


「EAU DE VIE」

 

東京都台東区谷中6-3-10

 

03-3822-8678

 

最寄り駅

 

営団千代田線千駄木駅より徒歩8分

 

お店一口メモ・・・

 

東京の隠れ家的スポットである

 

谷中にひっそりと佇む素晴らしいバーです。

 

チャージ300円、カクテル800~、

 

ウィスキー800円~となっており、

 

大変リーズナブルな価格設定も魅力です。

 

新田さんは物腰柔らかく笑顔が大変素敵な

 

バーテンダーであり、バー初心者の方でも

 

温かく迎えてくれることでしょう。

 

文中のモルトウィスキー「LINKWOOD」は

 

女性の方にもオススメのやわらかいモルトです。

 

ぜひとも一人で訪れたいバーですね。