Compass

№59     

「 もぐらのサルーテ 」


 

「土竜」

 

六本木交差点から旧防衛庁側道路左手に

 

ネオンが輝く「ホテルアイビス六本木」。

 

この辺りを知る方々にはお馴染みのホテルであるが、

 

ホテル外側地下にある隠れ家的バーをご存じだろうか。

 

老舗ショットバー「もぐらのサルーテ」。

 

サルーテ(Salute)はイタリア語で乾杯を意味しており、

 

この洞穴バーの中でもぐらとも言うべき飲み手達が

 

毎夜毎夜乾杯を繰り返し酒を愉しむ。

 

地上から地下入口へ続く階段をゆっくりと下り、

 

バードアを開けると

 

ショットバーというよりは

 

まるでビアホールのような広い空間の店内。

 

室内を刳り貫いて造られたような洞穴構造になっており

 

まさに「モグラ」の掘った穴のようである。

 

クリーム色がかった壁はお店の年輪を感じさせ、

 

店の最奥壁には

 

年末ジャンボ宝くじのデザイン等でもお馴染みの

 

世界的影絵の巨匠:藤城清治氏がご製作なさった作品

 

「 モグラの乾杯 」が美しく輝き

 

お客様達の目を楽しませている。

 

長く伸びる右側カウンター後ろのバックバーには

 

約500種の洋酒瓶達が

 

ズラッと逆さまに取り付けられ

 

お客様のオーダーに応じて瓶口にグラスを当て

 

コックを回すことでグラスへとアルコール液体が注がれる。

 

老舗バーには多いスタイルだ。

 

このお店のもぐら達の番人は

 

浅草を中心にご経験を積み重ねられた

 

ヴェテランバーテンダー赤坂伸明氏。

 

どこか一見学校の先生を思わせる赤坂さんの

 

眼鏡奥の眼差しからは

 

お酒への情熱と一定のこだわりを感じさせる。

 

 


「探偵」

 

「カクテルの中で最高のカクテルは

 

このカクテルだと思います。」と

 

赤坂さんのお薦めするカクテルは「ギムレット」。

 

私の大好きなハードボイルド小説の名手

 

レイモンド・チャンドラーの名作「長いお別れ」の中で

 

主人公である私立探偵フィリップ・マーロウが

 

友人テリーと「ヴィクター」というバーで

 

このカクテルを飲む場面があり、

 

そのテリーがマーロウにこう説明する。

 

「ライムかレモンのジュースをジンとまぜて

 

砂糖とビタを入れれば、ギムレットができると思っている。

 

ほんとのギムレットはジンとローズのライム・ジュースを

 

半分ずつ、ほかには何も入れないんだ。

 

マティニーなんかとてもかなわない。」

 

これを読んだ瞬間、誰もがギムレットを飲みたくなってしまう

 

実に飲み手の琴線に触れる一文であろう。

 

その後テリーは自分の妻殺しの容疑をかけられ

 

警察に追われ自ら姿を消してしまい、

 

「事件についてもぼくについても忘れてくれたまえ。

 

だが、そのまえに、ぼくのために「ヴィクター」で

 

ギムレットを飲んでほしい。」と

 

自殺をほのめかす手紙をマーロウのもとへ送り、

 

彼をはじめ、警察もテリーは死んだものと思い込む。

 

そんな中のクライマックス場面。

 

実は顔を整形し、名前を変えて生きていたテリーが

 

マーロウと再会。

 

「ギムレットにはまだ早すぎるね。」

 

一度はギムレットを飲むことで

 

「自分を忘れてくれ」と言ったテリーが

 

自分との友情を改めて続けてほしいという言葉を

 

このセリフに込めた。

 

しかしマーロウはそれを断ってこう言う。

 

「君とのつきあいはこれで終わりだが、

 

ここでさよならはいいたくない。

 

ほんとのさよならはもういってしまったんだ。

 

ほんとのさよならは悲しくて、さびしくて、

 

切実なひびきを持っているはずだからね。」

 

うん。これこそハードボイルドらしい男の生き方や友情を

 

教えられる真にクールなセリフである。

 

最近では「男らしい」男性というのが

 

少ないとはよく耳にする話だが

 

是非そんな方にはこの小説を読んでもらいたい。

 

そしてもぐらのサルーテでギムレットを一杯。

 

 


「もぐらのサルーテ」

 

東京都港区六本木7-14-4

 

アイビスビル B1

 

03-3403-3463

 

http://alljpn.com/mogura/

 

最寄り駅

 

地下鉄六本木駅より徒歩3分

 

お店一口メモ・・・

 

六本木では有名な老舗バーですが

 

価格は大変リーズナブルで

 

ちょっと帰りに一杯という感じにも使えるお店です。

 

テーブル席もございますので

 

何人かで呑みに行くのもよし、

 

また一人でカウンターのストゥールに座って

 

ゆったりお酒を愉しむのもよしの

 

とってもアットホームなお店です。

 

※大変残念ながらご閉店なさいました。