Compass№162

「Bar HEATH」


  

「国立(くにたち)」

 

国立「BAR HEATH」の灯りが再び「銀座」に点る。

 

全国のバーに先駆けてモルトを提供したともいわれている

 

今はなき新橋「Tony's Bar」の故:松下安東仁氏を師と仰ぐ

 

この道30年以上のヴェテランバーテンダー大川貴正氏が

 

2010年7月に終の棲家として選んだ銀座へと戻ってきた。

 

元々は文壇バー「Irene Adler」だった店舗をほぼ居抜きで

 

使用したバー空間には「昭和のバー」の空気が漂っている。

 

Irene Adler(アイリーン・アドラー)と言えば開高 健氏も

 

通った作家たちのバーであり、シャーロック・ホームズに

 

登場する知性的な女性としてシャーロキアンの間でも常に

 

話題となる人物の名を冠した名店。その店舗移転が決まり

 

跡地に国立の伝説的なバーが入るってんだから凄いの一言。

 

お店へのアプローチは、ここって銀座?と言ってしまいたく

 

なるような分かりにくい所、いや、ある意味でこれこそ昔の

 

銀座だという場所にあり、まるで迷路を進んでいくような

 

路地の一角に「Traditional Bar HEATH」の文字を見つける

 

までの道程は、まさに探偵が隠れ家を見つける気分である。

 

やっとの思いでバードアの前に立ち、静かに扉を開けると

 

赤チェックのベストを着た大川さんがにっこりとほほ笑む。

 

初めて訪れるバーだというのにこの馴染んだ空気は何だと

 

思わせる雰囲気作りはさすが大川さんだと言えるだろう。

 

カウンターのストゥールに座った瞬間、おっと気づくのが

 

大川さんの立つカウンター中が低いこと。大川さんと共に

 

ここに立つ竹田氏の身長が高く、彼とお客さんの目線を

 

図るとこうなったんですよと少し苦笑を浮かべながらも

 

目を輝かせてお話なさる大川さんの瞳からは昔と変わらぬ

 

バーへの愛情を感じずにはいられず吸い込まれそうになる。

 

 


「話縁」

 

灼熱の東京で少しでも清涼感をと一杯目はモヒートをオーダー。

 

大川さんに銀座へ移転した理由をお聞きすると、「六本木や

 

赤坂など色々と検討したけれど、銀座の空気が他のエリアに

 

比べてやっぱり自分に一番馴染むのでまた戻ってきました。」と

 

と嬉しそうにおっしゃる。話はどうしてもかつての銀座の話と

 

なってしまい、立て替え前の交旬社ビルに入っていたビアホール

 

「ピルゼン」とバー「サンスーシー」の話で盛り上がってしまう。

 

銀座ビアホールというと「銀座ライオン」という方が多いと思うが

 

私が一番通ったのは交詢社「ピルゼン」であった。

 

井上靖氏など作家の方々をはじめ、若き日の仲代達也氏、

 

石原裕次郎氏、黒柳徹子女史といった役者の皆さんも

 

訪れていたという正統派ビアホールで、これぞ銀座の

 

ビアホールだと思わせるお店の年輪と元気をもらえる

 

ホール全体の明るい空気を併せ持つお店で、

 

ピルゼンの瓶ビールを飲みながら、ナポリタンやピロシキ、

 

エスカルゴののオーブン焼きをパンにのせた奴をパクついてから

 

腹八分になったところで銀座バーめぐりに出発した思い出がある。

 

戦前からあった「サンスーシー」のステンドグラスの美しさも

 

今や懐かしい思い出となってしまったな。作家の谷崎潤一郎氏が

 

命名したというグッドバーで、そのモデルは現存する横浜関内の

 

バー「パリ」(当時はカフェ・ド・パリ)。チーフバーテンダーの

 

野村 保氏が作るギムレットを若造のくせにちょっと背伸びして

 

飲んだのが懐かしく、つい大川さんにもペラペラ話してしまう。

 

そんな大川さんも、もちろん同じ空間・時間を共有した方であり、

 

お酒も大好きなもんだから、サンスーシーからクールへ、そして

 

Tony's Barへと話はつながっていき、すっかりと長居してしまう。

 

酒棚にはモルトファン垂涎モノのボトルが並んでいるというのに

 

これに手を出さないわけにもいかずに、今宵も夜は更けていく。

 

 


「Bar HEATH」

 

東京都中央区銀座8-6-5

 

03-3572-7414

 

http://bar-heath.jp/

 

最寄り駅

 

JR・地下鉄新橋駅駅より徒歩3分

 

お店一口メモ・・・

 

国立で23年の間、名店と言われたモルトバーが

 

銀座8丁目に移転。営業時間は15:00からと

 

まだ明るい時間から銀座で1杯愉しめるお店です。

 

バックバーの一番上には亡き師匠:トニーさんが

 

カウンターに立つ写真も飾られており、私たち

 

銀座の酒徒と大川さんを見守ってくれております。

 

女性のお客さんはなかなか入りづらい硬派なバー?

 

と思いきや、早くも銀座周辺に勤務する女性達が

 

女性同士で足を運ぶ姿もあり、男女問わず情報に

 

敏感なバーファンが次々とご来店なさっています。

 

クールやサンスーシーに通われていたヴェテランの

 

バーファンの方も多く、楽しく懐かしい会話が

 

店内いっぱいに広がる素晴らしいバーだと思います。