Compass №142
「舶来居酒屋 杉の子」
「舵輪」
ここに老熟なバーテンダーが写る一枚の写真がある。
函館「舶来居酒屋 杉の子」、杉目泰郎氏。
私がこの写真を写したのが平成19年9月中旬だった。
「マスター、折角ですから一枚撮らせてください。」と、
わがままな私のお願いに快い返事を下さった杉目さん。
それから1ヶ月も経たない10月7日、御年83歳で
大変惜しまれながらも杉目さんは天国へと旅立った。
Bar☆Compass「杉の子」の記事を書いていた私だが
突然の悲報にこの記事を書くのを止めてしまっていた。
正直、杉目さんの笑顔を思い出すと辛くなるからである。
しかし年も明け、杉目さんという素晴らしいマスターが
函館を代表するバーにいらっしゃった事をどうしても
書き留めておきたくて、そしてマスターのご冥福を祈り
「舶来居酒屋 杉の子」をご紹介したいと思う。
ここは函館の歓楽街として有名な「大門(だいもん)」。
昭和初期に色町としても栄えたこの地区にあった遊郭の
入口に建てられた巨大な門がその名の由来となっている。
その一角にある通りの入り口に枝垂れる柳の木が印象的な
「柳小路」をゆっくりと歩いていると山小屋を思わせる
三角屋根が付いた一軒のお店があることに気づくだろう。
昭和33年12月創業の老舗バー「舶来居酒屋 杉の子」だ。
バードアを開けると、古き良き「昭和」の頃そのもの。
店内の柱には港町:函館らしく木製の舵輪が飾ってあり
その上には時を刻む役目を終えた柱時計が取り付けられ
まるで時間が止まっているかのような錯覚に陥るだろう。
じっくりと年季の入ったカウンターを挟んだ向こう側には
蝶ネクタイを付け襟無しの真っ白なバーコートに身を包んだ
老練のバーテンダーがとても素敵に微笑みかけてくれる。
大正13年生まれのオーナーバーテンダー、杉目泰郎氏。
「ラ式」
旧制函館中学の元ラガーマンでもあった杉目さんは、
昭和27年、まだ28歳の時に「キャバレー現代」を開店。
しかし「女性を使う商売は向かなかった」と話すとおり、
経営が上手くいかず昭和33年、期間6年でキャバレーを廃業。
そして同年12月にバー「舶来居酒屋 杉の子」を開店。
店名は「リンゴの唄」「ちいさい秋みつけた」の作曲などで
知られる詩人、童謡作詞家、作家のサトウハチロー氏の童謡、
「お山の杉の子」から引用したそうだ。因みに「杉目」と言えば
札幌の高級料理店である「きょうど料理亭 杉ノ目」の店名を
思い出す方もいらっしゃると思うが、その杉目社長とは
親戚筋にあたるとのこと。開店当時に合同酒精㈱が販売した
ウイスキー「ネプチューン」をメインとして取り扱っていた
「ネプチューンバー」は全国的にも珍しかったはずであるが
今ではネプチューンが終売してしまい、その代用品として
ウイスキーベースリキュールの「アーマー」を使っている。
現在の看板メニューは「ラム・ハイボール」。なんと200円。
杉目さんが作る一杯はどこか懐かしい味わいがする一杯だ。
そのラムハイを呑みながら、ゆっくりと苦労話をお聞きする。
「札幌の山﨑さんをお手本にバーを営んで参りました。」と
笑顔で話す杉目さん。確かにBARやまざきの山﨑達郎氏と
杉目さんは、控え目で大変穏やかなご性格で笑顔が素敵、
しかし凛とした雰囲気を持っていらっしゃるという共通点がある。
杉目マスターが亡き後、店には出ていなかった千鶴子ママが
カウンターへ復帰し、杉目ご夫妻の娘さんである元子さんや
成田良勝さんとともに温かいお店の雰囲気を守り続けており、
壁には在りし日のマスターが微笑む写真が掛けられている。
杉目マスターから頂いた杉の子三十周年記念誌「海王星」は
今でも私の宝物であり、大切に大切に保管させて頂いている。
生涯現役を続けた杉目マスター、天国でゆっくりとお休み下さい。。
「舶来居酒屋 杉の子」
北海道函館市若松町19-16
0138-23-4577
http://www5d.biglobe.ne.jp/~suginoko/
最寄り駅
JR函館駅より徒歩5分
お店一口メモ・・・
函館、そして北海道を代表する本格バーです。
お店の看板にはネプチューンウイスキーの
ロゴ絵と文字が今でも描かれております。
開店以来、ノーチャージを頑なに守っており
大変リーズナブルでアットホームなことから
創業直後から通う常連さんから、20代男女の
若いお客さんまで幅広い客層が集うお店です。
函館に行く機会がございましたら是非どうぞ。