Compass №139

「今従 (いましょう)」


 

「瓢通」

 

私があちこちのBarに通い始めてかれこれ十数年が経つ。

 

Bar通いを始めた頃はモルトやカクテルにどっぷり傾倒し、

 

出会った事のないお酒達を求めて、夜な夜なBarの扉を

 

押し続けた時期を思い出す。それはそれで面白かったし、

 

モルトやカクテルの深淵な世界を知ることが出来たことが

 

今のBar巡りに繋がっているのは間違いのない事である。

 

しかしながらそれは一時(いっとき)で、いつの頃からか

 

私の楽しみ方はバーテンダーとの会話やお店の雰囲気、

 

他のお客さんとのコミュニティへと変化してきている。

 

特にここ数年は、自分の両親よりもご年配でありながら

 

現役で頑張る70代、80代のバーテンダーの皆さんに

 

昭和の古き良き時代のBarはどんな様子であったかとか

 

お客さん達はどんなお酒を呑みながらどのような会話で

 

盛り上がっていたのかなど、自分の知らない頃のBarの

 

話を聞くのが一番の楽しみとなっているような気がする。

 

今宵訪れる老舗Barもそんなお店の一つと言えよう。

 

昭和24年創業のトリスバー、浅草「今従(いましょう)」。

 

浅草駅を降りて観光名所と言われる浅草寺「雷門」から

 

言問通りを国際通り方面へとしばらく歩いていると

 

南北約180mに履物店から居酒屋まで約50店舗が

 

ずらり軒を連ねる「ひさご通り」へとぶつかるその角に

 

「今従」の灯りが今宵も点る。にぎやかな雷門側を

 

「表浅草」とするならばココは「裏浅草」と言えよう。

 

つくばエクスプレス開通後、活気を増す表浅草に対して

 

裏浅草は残念ながらその恩恵をあまり受けることはなく

 

活気があるとは言えないが、雰囲気のあるこの界隈は

 

我々飲み手の心を惹きつける独特な庶民感を持っている。

 

 


「写真」

 

古い建物のバードアを静かに開けるとカウンターには

 

ロマンスグレーで短髪の優しい目つきをしたご主人が

 

いらっしゃいませと迎えてくれる。オーナー藤間建司氏。

 

今従が開店した昭和24年、お店をやっていた実姉達を

 

手伝う形で働き始め、昭和36年にトリス・バーへと

 

業態を変えたのを機に手伝いからスタッフへと変わり、

 

昼間はサラリーマンをやりながら夜はバーマンとして

 

カウンターに立ち続け、70歳を過ぎた現在も現役で

 

お客様にお酒を供している。「トリスバー全盛期には

 

ほんとお客さんは絶えなかったねぇ。明け方まで

 

お客さんがいるもんだからこっちも店を閉めるわけ

 

いかねぇし大変でしたが、確かに良き時代でしたね。」

 

と江戸っ子らしい言葉で昔を懐かしみ話す藤間さん。

 

ふと壁を見ると、トリスバーではお馴染みの「寿屋」、

 

現在のサントリーから毎年配布されたチェーン・バーの

 

プレートがまるで簾のように創業年の昭和36年から

 

約30枚、つまり30年分が繋がれ掛けられており、

 

今ではサントリー社員の足も途絶えてしまったそうだが

 

それでも未だにサントリーチェーンバーとして筋を通す

 

藤間さんはいかにも江戸っ子らしい律儀者なのである。

 

ハイボールをゆっくり飲みながら昔の話をしていると

 

藤間さんが一冊の昔のアルバムを取り出してくれた。

 

「私の長姉ですよ。」と指差すセピア色をした写真の中には

 

和服姿の「和美人」がカウンターでお酒をたしなむ姿や、

 

優しい手つきでお酒を静かに注ぐ姿を見ることが出来る。

 

別な一枚には、今は亡き藤間さんの次姉と義兄のお二人が

 

カウンターを挟んでお客さんと談笑する姿などもある。

 

その他どの写真からも当時の浅草らしい「粋」「活気」が

 

滲み出てきており、古き良き時代の様子が窺い知れる。

 

これら写真達を眺めながらその時代に思いを馳せつつ、

 

生き証人たる藤間さんの話を聞きグラスを傾ける一時。

 

なんと贅沢で幸せな時間だろうとしみじみ思う夜である。

 

不摂生から心臓弁を人工弁に取り替えるという大手術を

 

数年前に受け、「せっかく助けて頂いたこの胸の心臓が

 

動かなくなるまでこの仕事を続けていきますよ。」と言う

 

藤間さんにはこれからも是非お元気で多くのお客さん達に

 

本当の「粋」ってヤツを伝え続けて頂きたいと願う。

 

  


「今従  (いましょう)」

 

東京都台東区浅草2-22-10

 

03-3841-6382

 

最寄り駅

 

地下鉄・東武浅草駅より徒歩15分

 

お店一口メモ・・・

 

年季の入ったバードアを静かに開けると

 

時代とともに年輪を刻んできた空間があり

 

バーとしての凛とした空気が漂っています。

 

トリスハイボール(Tハイ)300円の他、

 

白角のソーダ割り400円などお値段も

 

大変リーズナブルな懐に優しいお店です。

 

古き良き時代の思い出をグラスを傾けつつ

 

ゆっくりと楽しんでみるのはどうでしょうか。