Compass №137
「ニセコ羊蹄」
「山開」
最近なかなか札幌で落ち着いて呑む時間が無かったが
久々に時間が取れたのでススキノへと足を運んでみる。
ここのところ若手の独立が続くススキノのバー業界だが
今宵は新店ではなく久々に老舗を訪ねてみようと思う。
すすきのライラック通りにある老舗Bar「ニセコ羊蹄」。
入口横に取り付けられた銘板には「SINCE1952」の文字。
山崎達郎氏が営む札幌一の有名店「BARやまざき」でさえ
1958年開店なのだから、更に歴史の長いBarなのである。
建物は2度も火事に遭遇したが、かれこれ50年以上も
この場所で灯りを点しつづけ、ススキノを見守り続ける。
久しぶりに「ニセコ羊蹄」のバードアを静かに開けると、
凛とした老婦人がヨークシャテリアとともに迎えてくれる。
70歳を超えた現役女性バーテンダー、 加藤三千代ママだ。
店名は山をこよなく愛した今は亡き加藤マスターとママが
北海道を代表する名山、ニセコ「羊蹄山」の名を引用した。
店内はどことなく山小屋の中を思わせる造りになっており、
ママの頭に巻かれたバンダナが一層その思いを強くさせる。
銀座の老舗には「山」や「あるぷ」など山好きなオーナーが
昭和20~30年頃に開店した名店が灯りを点しているが、
ニセコ羊蹄もしかり、山とBarとは何か結びつきを感じる。
山を愛する皆さんはお酒を愛する人が多いって事だろうか。
三千代ママはマスター亡き後もお一人でお店を守ってきたが
現在では関東から札幌へ帰ってきた息子さんもカウンターに
立っており、三千代ママをシッカリと支えていらっしゃる。
バックバーに取り付けられたプレートには「氷河」をはじめ
オリジナルカクテル名が書いてあり、女性同士のお客さんが
指差して「次はあれを頼んでみたいね」と話をしていると
ママが「これはちょっとお酒が強いから気を付けてね」と
優しくアドバイス。これなら女性一人でも安心出来るだろう。。
「食堂」
素敵な三千代ママに加えてニセコ羊蹄で注目すべきは料理だ。
かつて山小屋の定番食堂メニューと言われたカレーをはじめ
バーには似つかわしくない「餃子」や、なんと「蕎麦」まで
豊富なメニューがずらり揃っており、最初は吃驚するだろう。
しかしココが山小屋だと思い始めると何の違和感もなくなり
料理、お酒、会話を楽しむ素敵な山小屋の食堂へと変貌する。
ママは山登りだけではなくスキー1級を持つ腕前だったり
他方では、かつて女性合唱団をススキノで立ち上げたりと
バイタリティー溢れる女性であり、いったん話が始まると
会話は多種多様な方向へと広がる。私はママの愛情溢れる
ハイボールを呑みながら、私の知らない昭和20~30年代の
札幌やススキノ界隈の話を三千代ママから聞かせてもらう。
終戦後のススキノにはいわゆる客引きの「つぶ屋」屋台が
ずらりと並んで青線が広がっていた話や、その青線の消滅と
入れ替わるように大箱のキャバレーが次から次へと台頭し
ススキノは全盛期を迎え、まさに不夜城であった頃の話を
懐かしそうにママは話す。私が子供の頃、おばあちゃんから
日本の昔話を聞かせてもらう、なんて事が一般家庭でも
あったと思うが、私が三千代ママから聞かせて頂く話達は
酒場を愛する私にとってはまさに「現代の昔話」であって
その興味は尽きることはない。ママがお元気な間はずっと
色々なお話を是非聞かせて頂きたいと思ってる次第である。
ススキノの財産とも言うべき「ニセコ羊蹄」と三千代ママに
乾杯しながら、今宵のススキノの夜も更けていくのであった。
「ニセコ羊蹄」
北海道札幌市中央区南5条西4-11 ライラック通り
011-531-6650
最寄り駅
地下鉄すすきの駅より徒歩 5分
お店一口メモ・・・
現在では札幌ススキノで一番古いバーですが、
堅苦しい雰囲気は無く、バードアを開けると
とても温かい山小屋へ来た雰囲気があります。
そしてススキノでも少なくなった「昭和の薫り」を
タップリと感じることが出来るバーでもあります。
お酒、料理ともに大変リーズナブルな価格であり
三千代ママの話を聞きながらゆっくりとお酒や
料理を楽しんでみてはどうでしょうか。