Compass №128

「酒肆 蘭燈(しゅし らんたん)」


 

「長老」

 

愛知県名古屋市千種区「今池」。

 

名古屋市内でも古くからある歓楽街の一つであり

 

町名の由来はこの地が元々湧水の大変多いところで

 

その水で馬を洗ったりしていたことから「馬池」と

 

呼ばれていたのが訛り、変化したと言われている。

 

どこか下町を感じさせる空気と時間がゆっくり流れ

 

酒場ではお酒の供し手と呑み手の距離の「近さ」を

 

グッと感じるアットホームな雰囲気ある街である。

 

その路地裏で今宵も1軒のバーの灯りが静かに点る。

 

「酒肆 蘭燈」(しゅし・らんたん)。

 

元々は錦三丁目の老舗店としてバーファンに広く知られ

 

数年前に今池へと移り、相変わらぬ空間を提供している。

 

オーナーバーテンダーは凛々たる老紳士、森由泰蔵氏。

 

清潔感溢れる白バーコートに蝶ネクタイが良く似合い、

 

確かな説得力と包み込むような温かさのある語り口は

 

さすがベテランならではの会話術だと言えるだろう。

 

お店にBGMなど流れては無い。だって必要ないのだ。

 

そう思わせてくれる森由さんのとかく軽快なトークは

 

ある時はワルツだったり、またある時はタンゴだったり

 

時にはオペラだったりとお客様を飽きさせることはない。

 

「名古屋の40~50歳のバーテンダーは、まだまだ。」

 

名古屋のバーテンダーでもおそらく最長老の森由さんは

 

後輩バーテンダーにも厳しい。会話の中でもたびたび

 

若手は調酒技術や知識にハシリがちで、お客様に対する

 

「おもてなし」の部分がまだまだ足りないとおっしゃる。

 

しかしその言葉の端々からはこれからの次代を担っていく

 

バーテンダー達の成長していくその姿を見守りたいという

 

優しいニュアンスが感じられる。その森由さんの隣には

 

まさに次世代を担って行くであろう息子さんのの元氏が

 

アイスピックを使って丁寧にブロックアイスをかち割り、

 

オーダーに応じた材料を手際よくシェイカーへと注ぎ込み

 

背筋をピンと延ばしてスマートなシェイキングを見せる。

 

その元さんの作るカクテルは力強さを感じる男の味わいで

 

彼はカクテルはもちろん、シングルモルトウイスキーにも

 

造詣が深く、しばしば常連のお客さんとモルト談義にも

 

花を咲かせているようで、若手ながら頼もしい好漢である。

 

 


「調理」

 

「酒肆 蘭燈」へ来た目的は会話とカクテルだけではない。

 

実は森由マスターはシェフと言っても決して過言ではなく

 

素晴らしい料理の腕をお持ちであり、カウンター最右翼には

 

これがバーとは思えない立派な厨房機器がバンと設置され

 

磨き上げられた鍋やフライパン、そしてレードルなどが

 

並べて吊り下げてある。またガス台上部にはシッカリとした

 

排煙装置が取り付けられており、森由さんが調理する際に

 

立ち上る煙や香りもカウンターの外へ流れることは無く

 

洋酒の香りを愉しむお客様にもキチンと気配りされおり

 

さすがは森由さんだと感心させられる。お腹も空いたので

 

このお店の大人気メニューである特製カツサンド一皿と、

 

これまた人気の高いパスタ料理、今日はペペロンチーノを

 

森由さんへお願いする。「かしこまりました。」と言いながら

 

サッと準備に取り掛かる森由さんだが、その手際は無駄なく

 

軽やかな身のこなしで熱々のカツサンドとパスタが完成。

 

まずはカツサンドをパクつこう。こんがりイイ色に焼けた

 

パンに分厚いカツが挟み込まれている。見ているだけでも

 

旨いことが分かるが、早速一口。前歯がサクッとパンを

 

通過した後にウマウマな肉汁タップリのカツがまるで

 

待っていたかのように歯を受け止めてひたすら柔らかく

 

切れていき、口の中や舌上はその味わいで喜びが溢れる。

 

カツサンドと言えば横浜山下町の「スリー・マティーニ」が

 

バー・ファンの間でも有名だが、あの味にも匹敵する、

 

いや、それを上回るかも知れない味わい豊かなサンドだ。

 

ペペロンチーノも見た目こそシンプルな盛りつけなのだが

 

パスタの茹で具合や味付けもほぼパーフェクトに近い一品。

 

「森由さん、本当にどの料理も素晴らしい味わいですよ。」

 

と少し興奮気味に言うと、素敵な笑顔で深々と頭を下げて

 

「有り難うございます。」と謙虚なお辞儀をなさるマスター。

 

その後もハイボールを呑みながら名古屋のバーをはじめ

 

全国のバーテンダーの話やマスターの昔話で盛り上がり、

 

時計を見ると今宵もイイ時間となったのでお会計を済ませると

 

店を出る我々をわざわざ店の外まで見送ってくれる森由さん。

 

こちらもお礼を言ってお店を後にするのだが、お店を出て

 

10mくらい歩いた頃にふと振り返ってお店の入口を見ると

 

森由さんが笑顔でまだ見送っていらっしゃるのに気づく。

 

これは一朝一夕ではなかなか出来るものではなく

 

その本物の「サービス精神」に心を打たれずにはいられず

 

こちらも再度深々とお辞儀をして失礼させていただく。

 

そして森由マスターにここで改めて深くお礼を申し上げたい。 

 

 

 


「酒肆 蘭燈(しゅし・らんたん)」

 

愛知県名古屋市千種区今池5-8-7

 

052-733-6833

 

最寄り駅

 

地下鉄東山線今池駅より徒歩5分

 

お店一口メモ・・・

 

親子二代で営んでいらっしゃる本格バーです。

 

バードアを開けると静かな空間から会話と

 

食器やグラス、そしてシェイカーの音だけが

 

耳に入ってくる落ち着きと風格あるバーです。

 

文中にあるカツサンドやパスタ各種の他に

 

森由さんが作るオムレツもファンが多く、

 

たとえお酒に弱い方でも料理を愉しみに

 

通うことも出来るオーセンティックバーです。