Compass №121

「BAR Stir」


 

「漁場」

 

3月上旬の北海道と言えば積雪も多くまだまだ寒い。

 

近いようで遠い春の訪れを今か今かと待つ頃である。

 

早朝の新千歳空港に到着すると気温はプラス2℃。

 

暖冬の影響で比較的暖かく、いつもなら気温は零下。

 

出張用の旅行鞄を携えゆったりとスカイクルージング。

 

3時間ほどしてランディングしたのは沖縄県那覇空港。

 

気温22℃。同じ日本国内でもこれほどの気温差には

 

誰もが驚きを隠せず冬から夏へ春を飛び越えた感覚だ。

 

「那覇」の由来は「ナーファ」・「ナファ」から転訛した

 

と言われており、沖縄学の父と呼ばれる伊波普猷氏は

 

「漁場」を指す方言「ナバ」から発生したと説いている。

 

実は「沖縄」の「縄」もこの「ナバ」を由来としており

 

「沖縄」と「那覇」は共通語源があると考えられている。

 

人口30万人強の那覇市中心部は再開発工事も盛んであり

 

2003年12月に開業した沖縄初の軌道「ゆいレール」は

 

今やすっかりと主要交通として定着したように感じられ、

 

メインストリート「国際通り」へのアクセスも便利となった。

 

その那覇を代表する歓楽街と言えば国道58号線の西側、

 

飲食店や風俗店がズラリと立ち並ぶナバの不夜城「松山」。

 

朝まで賑わう「松山」の中心地から少し離れた裏通りに

 

今宵目指す一軒のBarの灯りが静かに点っている。

 

「Bar Stir」。

 

城扉のような木製の重厚なバードアをゆっくりと開けると

 

和製「ショーン・コネリー」の白髪オーナーバーテンダー

 

山本伸二氏が遠方から来た私に少しビックリしながらも

 

「遠くまで良くいらっしゃったね。」と迎え入れてくれる。

 

山本さんの女房役とも言える若手バーテンダー仲田三成氏も

 

「北海道はまだ寒かったでしょう!」と興味津々な様子だ。

 

10席ほどあるカウンター席の左端に腰掛けて

 

まずはいつもの奴、スーパーニッカのハイボールをオーダー。

 

道産子の私にとって馴染みのニッカを沖縄で呑むっていうのは

 

何とも不思議な感覚であり、「北海道で呑むニッカは別格でしょう」

 

と話す仲田さんに「そうそう、一度余市に遊びに来るといいよ。」と

 

ひたすら甘い誘惑を囁きながら、喉の渇きをゆっくりと潤す。

 

 


「攪拌」

 

山本さんは東京プリンスホテルメインバー「ウィンザー」で

 

かつて腕を振るったホテルバーメン界では知る人ぞ知る方であり

 

バーテンダーとしてのご経験は40年以上というヴェテランだ。

 

店名であり、カクテル用語で「撹拌する、かき混ぜる」という

 

意味の「Stir」はかつて山本さんが熱意をもって手掛けた

 

ホテルバーメンズ協会紙「Stir」を引用しているそうである。

 

ウォッカ・トニックのグラスを傾けつつ山本さんや仲田さんと

 

東京や大阪のBarの話をしていると、30歳前後だと思う

 

常連の女性客の方が堰を切ったかのように我々にこう話す。

 

「聞いてくださいよ。私は生まれてこのかたずっとこの沖縄で

 

育ってきて沖縄から一歩も出たこと無くて、ホンマに初めて

 

この間大阪へ仕事で行ったんですわ。飛行機に乗るのももちろん

 

生まれて初めてで何とか関空までは行けたんですけど、その先

 

目的の場所まで行こう思ったら、地下鉄に乗らなあきません。

 

でも私、地下鉄ってのも初めて見たし、キップの買い方だって

 

全く分からないから、もう頭の中パニくってもうてギャーって

 

騒いだけどみーんな知らんふり。駅員さんにキップの買い方を

 

聞いたら「自動券売機で買ってください」。んなこと分かってる

 

けど券売機の使い方が分からんっちゅーの!結局乗り換えとか

 

全く分からんくて知らんうちに京都。最悪や。バスだってそうや。

 

沖縄のバスは手挙げたら停まってくれるし、降りたいって言えば

 

降ろしてくれるけど、大阪のバスに手挙げて停めよう思うたら

 

道歩いてたおばはんに「そんなんしたらバスにひかれるで!!」

 

って怒られてまたパニックやん。もう内地なんて絶対いかん!」

 

とその秘めた胸の内を真っ赤な顔で赤裸々に熱く語ってくれる。

 

彼女の立場に立てば全くその通りだが話し方がとても面白くて

 

ポイントポイントでつい吹き出してしまう。カウンターの内も

 

外も彼女の話題にみんなニッコリ顔で怒る彼女をなだめながら

 

話題は全国各地へと広がり、あっというに時間は過ぎてしまう。

 

会計を済ましてお店を出ようとすると、山本さんと仲田さんの

 

お二人がわざわざ外まで出ていらっしゃって私を見送ってくれる。

 

「全国の仲間によろしくお伝え下さい」とおっしゃる山本さんに

 

必ずやまたお会いしに那覇へ来たいと心の中で誓う夜である。

 

 


「BAR Stir」

 

沖縄県那覇市松山2-28-10

 

098-868-5519

 

http://www.urinain.com/users/stir/

 

最寄り駅

 

沖縄都市モノレール「ゆいレール」美栄橋駅から徒歩15分

 

お店一口メモ・・・

 

バードアを開けると天井がやや高く開放感のある

 

南国沖縄らしいリゾートバーを彷彿とさせる空間が広がり

 

老練のバーテンダーと若手バーテンダーが

 

きっとあなたを優しく迎えてくれることでしょう。

 

ホテルバーメンとしてご経験を積んだ山本さんの

 

洗練されつつも、町場らしくちょっとくだけた接客で

 

ゆっくりとくつろげるひとときを過ごせることでしょう。