Compass №119

「EST!」


 

「迎猫」

 

12月の寒い夜、急に温かいものが呑みたくなり

 

東京メトロ千代田線に乗車し、「湯島」で下車する。

 

湯島三丁目交差点出口から飲食店が立ち並ぶ裏通りへ。

 

この辺りはいわゆる「下町」風情タップリの一角で、

 

スナックや居酒屋などが並び、場末の香りに溢れ、

 

この空気に慣れている私は思わずホッとしてしまう。

 

「Black & White」のロゴとワンちゃん達が描かれた

 

木製ボード、ロゴ上には「EST!」と3つ書かれた

 

一軒のBarの入り口で、可愛い猫たちが迎えてくれる。

 

「お前たち、風邪引いたら駄目だぞ」と独り言を言い、

 

年季が入り色合いの渋い木製のバードアを静かに押すと

 

バーコートが大変似合う白髪のオーナー、渡辺昭男氏が

 

「寒かったでしょう。」と優しくそっと迎えてくれる。

 

お隣に立つバーキーパーのエリさんも元気なご様子。

 

カウンター席にストゥールは8脚。間隔はやや狭め。

 

早速カウンター中央のストゥールに腰掛けてまず一杯目に

 

バランタイン12年のウイスキーソーダをオーダーする。

 

ふとカウンターの右端方向へ目を遣るとファイバー製の

 

クリスマスツリーが美しく定期的に色を変えながら輝く。

 

そうか、もうそんな時期か。一年もあっという間だなあ。

 

そんなことを少し考えながらゆっくりとグラスを傾ける。

 

カウンター中では渡辺さんが静かに液体をステアしている。

 

その麗姿は真に格好良く、男でも何か惚れるものがある。

 

「老紳士」という言葉がピッタリの渡辺さんが作り出す

 

カクテルやサービスに憧れてバーテンダーの道へと進む

 

バーテンダーも多い。今では渡辺さんの息子さん達も

 

都内新橋にてバーテンダーの道を一歩一歩進んでいる。

 

 


「佐賀」

 

2杯目にギムレットをオーダー。完璧な仕上がりである。

 

水っぽさは一切感じられず、芸術的な一杯といえるだろう。

 

「渡辺さん、お正月は佐賀に帰ったりもしてるのですか。」

 

と訪ねると、渡辺さんが答える前に私の隣の常連さんが

 

「佐賀の人達はケチやけん交通費かけん!かけん!」と

 

笑いながら話す。そう、渡辺さんは佐賀県のご出身であり

 

ちなみにお隣の常連さんは福岡県福岡市ご出身とのこと。

 

「確かに佐賀県人は色々な意味で地味でケチなところが

 

ありますからね。九州の中では存在感が一番薄いと言われ、

 

お隣の福岡や長崎の方々から見ると根暗なんでしょうねえ。」

 

と少し笑いながら話す。「いやいやそんなこと無いですよ、

 

佐賀といえば虹ノ松原に伊万里焼。最近では松浦漬けを

 

アテにしながらチビりと東一(あずまいち:佐賀の銘酒)を

 

ヤルのも私の楽しみの一つですよ。佐賀最高です!」という

 

私の言葉に渡辺さん、常連さん、私の3人が揃って

 

顔を見合わせ思わず笑う。ちょっとネタっぽかったかなあ。

 

マーティニを頼んで暫し九州のバーの話などで盛り上がり

 

ふと時計を見るといつの間にか2時間以上が経っている。

 

「渡辺さん、そろそろイイ時間ですのでお願いします。」と

 

EST!冬の定番、アイリッシュ・コーヒーをオーダー。

 

このカクテルは1942年にアイルランドで誕生した。

 

プロペラ飛行艇による大西洋横断航空路が確保された

 

1930年代、まだ飛行性能も低く暖房も効きの悪い

 

飛行艇が燃料補給のためにアイルランド南西部の港町

 

フォインズに寄港した際に身体の冷えた乗客の皆さんに

 

少しでも温まってもらうことを目的として考案されたものだ。

 

アイリッシュ・ウイスキーを加えたホット・コーヒーの

 

香りが鼻孔の奥にすうっと入り、うっとりさせてくれる。 

 

砂糖とともに渡辺さんの愛情がタップリ入ったこの一杯、

 

ゆっくりと味わいながら明日への活力を養うとしよう。

 

 

 


「EST!」

 

東京都文京区湯島3-45-3

 

03-3831-0403

 

最寄り駅

 

東京メトロ千代田線湯島駅から徒歩3分

 

お店一口メモ・・・

 

バードアを押すと外の下町の雰囲気とは一転した

 

バックバーに整然とボトル達が並ぶ正統派バーの

 

空間が広がっており、アットホームな空気の中で

 

お客さん達がゆっくりお酒&会話を愉しんでます。

 

渡辺さんの調酒技術と知識には恐れ入るばかり。

 

客層はバーに通い慣れた30代~60代が中心。

 

メニューはありませんのでバー初心者の方は

 

通い慣れている方と御一緒の方がよろしいかと思います。