Compass №116
「パブ 西川亭」
「緊張」
九州最大の歓楽街、福岡「中洲」。
西日本では大阪に次ぐ規模を誇る盛り場であり
高級料亭から風俗店までがズラリと軒を並べる。
「北のススキノ、南の中洲」と言えば出張族なら
誰もが知る国内最大級の大歓楽街と言えよう。
その中心を通っているのが「中洲大通り」。
左右に立ち並ぶビルに輝く華やかなネオン達は
福岡の不夜城「中洲」の街を夜明けまで見守る。
この大通り四つ角にある中洲交番のお隣のビル、
その1階奥に今宵目指す一軒のBarがある。
「パブ 西川亭」。
私が信頼するバーテンダーであり福岡「大名」の名店、
「Aqua-Vitae」藤波哲次氏、「BAR OSCAR」長友修一氏に
「中洲で地元福岡の飲み手の皆さんが愛する老舗バー」を
リクエストした際、偶然にも同じ店名が飛び出した。
しかもお二人とも口を揃えたかのようにこう言うのだ。
「ただ、マスターが気に入らなければ追い返されます。」
その言葉に一瞬緊張せざる終えない私ではあったが
私が多くのバーへ足を運んでいることを知るお二人が
「ふるさんなら、きっと大丈夫です。」という言葉を信じ
タクシーに乗車して一路「中洲」を目指したのである。
幾分気を張りながらバードアを静かに開ける。
それと同時に店の中からお客さんの賑やかな話し声が
私の耳に飛び込んできて、ちょっと拍子抜けになった。
何だかとてもアットホームな雰囲気のする店内。
カウンターは地元のお客さん達ばかり。女性の姿もある。
唯一ひと席だけ空いていた一番左のストゥールに座ると
眼光が鋭く、少し浅黒いご年配の主人が私の前に立った。
「満遍」
私の前でマスターは黙ってグラスを拭いている。
「ジン・トニックをお願いします。」とお願いすると
「はいよ。」と少しハスキーな声で返事が返ってくる。
同じカウンターの右端席ではきっと常連の方であろう
60歳前後と思われる酔った男性のお客さんが声大きく
他のお客さんに話しかけている。隣客は少し迷惑そう。
するとマスターが「○△さん、しゃあしいですよ。」と
(福岡弁で「うるさいですよ」という意味)
声を掛ける。お客さんも申し訳なさそうに頭を掻いた。
酸味が良く効いたジン・トニックをさっと飲みながら
カウンターを見回すと、私のすぐ側のカウンター上に
私の大好きなジャズトランペット奏者、「サッチモ」こと
「ルイ・アームストロング」の人形が飾ってある。
あれ?このサッチモ、どこかマスターの顔にも似てる。
そういや、さっき聞いたマスターのハスキーな声も
何となくサッチモの声にも聞こえなくも無いなあ。
「マスターは何となくサッチモに似ていらっしゃいますね。」
私の口からほとんど無意識につい出てしまったこの一言。
その瞬間、私に対して少し硬かったマスターの表情が緩む。
「お客さん、お若いのにサッチモ聞いたりすると?」
「ええ、大好きです。アナログ盤も何枚か持ってまして。」
ちょっとしたキッカケが会話を豊かにするのがBarである。
「ギョロッとした目とガマ口が似てると言われとる。」
「きっとマスターは博多のサッチモと呼ばれてるんでしょう?」
お互いに笑いながらジャズに続いてお酒、佳き時代の中洲の
お話をハイボールを呑みながらゆっくりと聞かせて頂く。
マスターに後輩バーテンダーである藤波さんと長友さんから
ご紹介されたことを最後に告げると少しニヤリとしながら
「気に入らないお客さんは帰すと言われて来たでしょうが
うちは居酒屋ではなくBarやけん、嗜み方を知らない方は
常連さんであろうがお帰り頂きます。くつろぎながら
お酒や会話を愉しんで頂くにはそれも必要やけんね。」
Barを心から愛するからこそ言えるこだわりの一言に
思わず頷き、眼前のマーティニを飲み乾すのであった。
「パブ 西川亭」
福岡市博多区中洲3丁目2-7
桑野ビル1F
092-281-0868
最寄り駅
福岡市地下鉄中洲川端駅から徒歩7分
お店一口メモ・・・
懐深いバー文化を持つ街:福岡に於いて
地元のバーテンダーや飲み手の皆さんに
高く支持される地元に根付いた一軒です。
ひと癖あるマスターとも言われておりますが
実はBarを深く愛する方なのであります。
若いお客さんも是非本格バーへ足を運んで
洋酒の嗜み方を勉強してほしいとの事でした。