Compass №112

バー「ルパン」


 

「文壇」

 

Barのカウンターで独りグラスを傾けながら

 

若手のバーテンダーと「行ってみたいBar」の

 

話をする際、最近銀座「ルパン」の名を挙げる

 

バーテンダーが増えているような気がする。

 

以前は技術が高いトップバーテンダーの名を

 

聞く機会が多かったが、一体どうしてだろう?

 

答えは「私、実は小説を読むのが趣味でして」。

 

 

 

銀座五丁目の路地を入る。

 

シルクハットを被ったアルセーヌ・ルパンが

 

眼光鋭くこちらを見つめているのに気が付く。

 

昭和3年開店の老舗バー「ルパン」。

 

かつて「文壇バー」として古くは永井荷風や直木三十五、

 

泉鏡花、菊池寛、川端康成、大佛次郎、林芙美子など

 

昭和初期の日本文学界を牽引した文豪の皆さんが集い、

 

戦後には、写真家の林忠彦氏が撮影した写真で有名な

 

織田作之助、坂口安吾、太宰治の「無頼派三人衆」を

 

はじめとした作家が集まり作家同士の親睦が深まった。

 

 

 

「Lupin」と書かれた扉を開けて静かに階段を下りると

 

そこには地上の煌びやかな銀座の空気とは隔絶された

 

ノスタルジックな色彩と空気を持った店内が広がる。

 

ストレートに伸びた色も渋いヤチダモ製カウンターの

 

一番奥、そこだけカウンターが右に折れ、その壁には

 

先程の「無頼派三人衆」のモノクロ写真が掛かっており

 

脚高なストゥールに胡座をかく太宰治氏が私を迎える。

 

 


「金色」

 

お店のオーナーは高﨑武氏。ここ「ルパン」は高﨑さんの

 

お姉さんであり名物ママ、高﨑雪子女史がオーナーであったが

 

他界なさったため、弟の武氏がその跡を継いで現在に至る。

 

その武氏もお身体を壊し、週2回だけカウンターに立つ。

 

BGMは無い。グラス音とお客様の声だけが囁いている。

 

天井は低く、ぶら下がる照明が柔らかい灯りで手元を照らす。

 

カウンター内には現オーナーと同世代の男性バーテンダーや

 

女性バーキーパーの方々が大変お元気に仕事をなさっている。

 

銅製のマグカップに、ウオツカとウィルキンソンの辛いヤツを

 

タップリ注いだ切れ味の良いモスコー・ミュールを頂ながら

 

高﨑さんがこのカウンターに初めて立った頃の「ルパン」や

 

その頃の銀座のネオン、東京の酒場事情などをお伺いする。

 

アテはオイル・サーディンのセット。マスタードを少し付けて

 

パクつくとこれが実に旨い。2杯目に頼んだ白ハイにも合う。

 

私の右斜め向いの席には20代中頃と思われる紺のスーツに

 

レジメンのネクタイを締めたサラリーマン男性が目を輝かせ、

 

年配の女性バーキーパーの方と坂口安吾氏の作品について

 

語り合っている。どうやら文学部のご出身らしく、バーへは

 

一度も足を運んだことが無かったが、自分が愛する作家達が

 

足を運んだ「ルパン」へどうしても一度お邪魔したいという

 

一心で勇気を出して今宵初めてバーの扉を押したそうである。

 

そんな素晴らしいきっかけでバーの世界へと訪れてくれた

 

彼を見て何だか無性に嬉しくなり、ゴールデン・フィズを

 

一杯おごらせてもらう。ジン・フィズに卵黄を加えた一杯は

 

彼が先程から熱心に話していた坂口安吾氏が好んで呑んだ

 

カクテルであり、それを伝えると少し声を詰まらせながら

 

「本当に有り難うございます。感激して声も出ません。」

 

と何度も頭を下げて、旨そうにカクテルを味わう彼を見て

 

私の方こそ初心を思い出させてくれた彼に深く感謝する。

 

そして彼とのお酒の談義をしつつ夜は更けていくのである。

 

 

 


バー「ルパン」

 

東京都中央区銀座5-5-11

 

塚本不動産ビルBF

 

03-3571-0750

 

http://www.lupin.co.jp/

 

最寄り駅

 

地下鉄銀座駅から徒歩5分

 

お店一口メモ・・・

 

銀座のBarを語る上で外せない一軒です。

 

客層は出版系を中心としてご年配の会社員の方が

 

多いですが、若い女性同士のお客さんなども

 

最近良く見かけるようになりました。

 

スタンダードカクテルをはじめとして

 

ドリンクメニューも大変充実しております。

 

日本を代表する文豪達も通ったカウンターに

 

ぜひとも一度足を運んでみてはどうでしょうか。