Compass №109

「露口」


 

「湯街」

 

人口約50万強、四国最大の都市「松山市」。

 

聖徳太子が入浴した記録も残る道後温泉に宿泊し、

 

映画「千と千尋の神隠し」の油屋のモデルとされる

 

『道後温泉本館』の湯に一人ゆっくりと浸かりながら

 

毎日の疲れやストレスを癒し、大いに英気を養う。

 

日も暮れた頃、タクシーに乗り込み「二番町」へ。

 

松山城の南、一番町、二番町、三番町一帯の歓楽街は

 

多くの飲食店が軒を連ね、街中は活気に溢れている。

 

二番町の灯りが見えてくると思わず私はニンマリ顔。

 

この歓楽街に10年ぶりに足を運ぶお店があるのだ。

 

昭和33年開店の老舗、『露口』。

 

年季の入ったバードアを開けるとお客さんはおらず、

 

カウンターの中に立つオーナーご夫婦が私を見て

 

「いらっしゃい!いやぁ、何年ぶり?元気やった?」

 

と何とも言えない素敵な笑顔で私を迎えてくれる。

 

露口貴雄・朝子ご夫妻。マスターは今年70歳を迎える。

 

「もう10年ぶりですよ。でもお二人ともお元気そうで。」

 

と言うとお喋り好きなママが不敵な笑みを浮かべながら

 

「今度来るのも10年後なら、私らはこの世におらんよ!」

 

とママお得意のキレの良いツッコミがすっと飛んでくる。

 

13席あるカウンター席のほぼ真ん中のストゥールへ座り、

 

お店の定番とも言えるトリスハイボールをオーダーすると

 

8オンスのタンブラーに濃い色をしたトリハイが出される。

 

ガツッ!と来るこの味わいは、残念ながら昨年閉店なさった

 

東京・御茶ノ水「まいまいつぶろ」のトリハイを思い出す。

 

この時はお盆ということもあってか、数十年ぶりにお店へ

 

顔を出すお客さん達ばかりが集まり、昔を懐かしむ会話が

 

カウンター席をはじめこのお店全体を温かく包んでいる。

 

 


「夏女」

 

今宵の松山は熱帯夜。清涼感を求めて一杯のカクテルを。

 

その名は「サマー・クイーン」。

 

ジン、ホワイト・キュラソー、グレープフルーツジュース、

 

これにレモンを絞り、グリーン・チェリーとミントの枝を

 

デコレーションした夏の一杯に相応しいこのカクテルは、

 

このお店ののオリジナルであり、1981年に行われた

 

サントリートロピカルカクテルコンテストの優勝作品だ。

 

「最近はこれをオーダーする方も少なくなって来たけれど、

 

昔はうちに来る女性のお客さんのほとんどがこのカクテルを

 

飲んだものですよ。飲み易いけれども度数が高いですから

 

顔が真っ赤になる女性の方も多かったことを思い出します。」

 

と露口さんは昔を懐かしむようにこのカクテルを仕上げる。

 

「お待たせしました。」と差し出されたグラスに口を付け、

 

そっと静かに液体を喉に通すと実にサッパリとした味わいが

 

口の中全体に広がり、すうっと涼風が身体の中を駆け抜ける。

 

私の隣では常連のお客さんがこの松山市が発祥とされている

 

宴会芸「野球拳」の話で大いに盛り上がっている様子だ。

 

大正13年10月、伊予鉄道電気野球部が高松市において

 

高商クラブとの野球の試合を行なったが、0-6で敗れた。

 

この試合後、旅館で行われた対戦相手との夜の懇親会で、

 

昼の敵を取るべく披露した宴会芸が野球拳の始まりとされ、

 

萩本欽一&坂上二郎のコント55号がTV番組で罰ゲームに

 

じゃんけんで負けた相手の服を一枚ずつ脱がせたことから

 

全国のPTAの非難の的ともなったあの遊技である。

 

阿波踊りとならぶ四国4大祭りの松山まつりで野球拳の連が

 

(「連」とは阿波踊りなどにおける踊りのグループのこと。)

 

練り歩くことについて熱く賛否両論が交わされているのを

 

黙って聞きながらグラスを傾ける私に向かって朝子ママが

 

「随分と東京のバーで飲み方教わってきはったみたいやね」と

 

嬉しそうに微笑む顔を見てまた必ず来るぞと心に誓い

 

締めのマーティニを飲み乾してお店を後にした夜となった。

 

 

 


「露口」

 

愛媛県松山市二番町2-1-4

 

089-921-5364

 

最寄り駅

 

伊予鉄道路面電車大街道停留所から徒歩5分

 

お店一口メモ・・・

 

露口ご夫妻の笑顔と温かな接客に心がほっこりする

 

心のオアシスともいうべき素敵なBarですよ。

 

長い年輪を刻むカウンター板の色合いの渋さ、

 

バックバーに並ぶレアな国産ウイスキーのボトル、

 

お客さんである柳原良平氏が描いた露口ご夫妻の絵。

 

どれもBarファンにはたまらないものがあります。

 

トリスハイボール・角ハイボール700円、

 

カクテル900円、ナッツ類200~300円。