Compass №107

「鴻之巣」


 

「復活」

 

今年もまた暑い暑い夏がやってきた。

 

長年東京に住むがこの猛暑にだけは慣れることはない。

 

こんな日はビアガーデンでカーッとビールでもやるか

 

と思いつつも余りに暑くて外で呑む気にならない。

 

やっぱり冷房の効いたBarのカウンターで一杯と思い

 

御茶ノ水から丸ノ内線に乗って銀座へと向かう。

 

「ビシッと冷えたコーヒー・ウォッカを呑もう。」

 

と向かった先は銀座7丁目の老舗バー『鴻之巣』。

 

長谷川幸保初代日本バーテンダー協会会長が

 

1957年に開店したお店であり、カウンターには

 

ニッカウヰスキー創業者である竹鶴政孝氏も座った。

 

バードアを静かに開けると元気溌剌な小野寺淑子ママが

 

「あら~、ふるちゃん!久しぶりねぇ~。おたくの

 

会社の人達が最近来ないねってチーフと噂してたのよ。」

 

と素敵な笑顔で声も大きく私に話しかけてきてくれる。

 

カウンター中央には赤いベストが似合う作山恵チーフが

 

黙々とお仕事をなさっており、お互いお辞儀をする。

 

作山さんの目の前にあるストゥールにゆっくり腰掛け、

 

ハイボールをオーダー。喉で弾ける炭酸が爽快だ。

 

作山さんはつい最近まで脳梗塞で倒れたことが原因で

 

半身が麻痺し、もうカウンターに立つことは出来ないと

 

他のお店やお客さん達にお聞きしていたこともあり

 

それからしばらく私も『鴻之巣』から足が遠のいていた。

 

しかしご本人曰く「奇跡の復活」と言う通り、

 

現在では以前とほぼ変わりなくカウンターに立ち続けている。

 

リハビリもかなりキツイとお聞きしているが、

 

今後もどうかお元気な姿で銀座のBarファンを魅了してほしい。

 

 


「珈琲」

 

その作山さんの両側に美しく輝くステンドグラス。

 

バックバーの左側には槍を持った若き兵士の姿が、

 

右側には燭台を持った婦人が美しく輝き映し出される。

 

初代オーナーの長谷川氏が銀座の骨董屋で一目惚れし

 

お金を工面して購入したもので、まさに芸術品と言えよう。

 

そんなステンドグラスに見とれている私にママが言う。

 

「ふるさん、コーヒーウォッカ呑むでしょ?チーフお願い。」

 

職人気質な作山さんがうっすらと霜の付いたショットグラスに

 

さっと注いでくれる。このコーヒーウォッカはお店の

 

名物であり、冷えた液体が全身に染みわたっていくようだ。

 

鼻孔をスッと通るコーヒーの香り豊かな香りがたまらない。

 

「やっぱり作山さんのコーヒーウオッカは絶品ですね!」

 

などと話しているといつの間にかカウンター席、

 

そしてテーブル席ともに満席となり常連さん達と

 

小野寺ママの大きな笑い声がお店の中に広がっている。

 

「銀座のBar」と聞くと、JAZZが流れる店内で静かに

 

グラスを傾けながら独りでお酒を味わうイメージを

 

持つ方もいらっしゃる。しかし、このお店をはじめ

 

多くのBarがアットホームな雰囲気の中で和気藹々と

 

お酒を愉しむという空気が何とも心地よいお店も多い。

 

さて、「竹鶴」の21年をストレートでいただきながら

 

小野寺ママと作山さんに昭和30年頃の銀座の様子などを

 

ゆっくりとお聞きしつつ銀座の夜をもう少し愉しむとしよう。

 

 


「鴻之巣」

 

東京都中央区銀座7-5-19 

 

03-3571-4646

 

最寄り駅

 

地下鉄銀座駅より徒歩5分、JR新橋駅より徒歩3分

 

お店一口メモ・・・

 

チャージ1,000円、サービス料10%。

 

カクテル1,200円~、ウイスキー1,000円~。

 

バードアを開けると銀座の佳き時代の空気を

 

たっぷりと吸い込むことが出来る老舗です。

 

客層はご年輩の常連のお客さんが中心ですが、

 

たとえ一見のお客さんでも小野寺ママや作山チーフが

 

とても温かくおもてなししてくれることでしょう。

 

元気あふれるママからたっぷりそのエネルギーを

 

分けてもらって明日への活力を養ってください。

 

※大変残念ながらご閉店なさいました。