Compass №103

BAR 「John Begg」


 

「後輩」

 

4月に入社したての後輩が僅か半年で異動する。

 

栃木から上京した彼は挨拶も大変気持ちが良く

 

上下関係もとても大切にする笑顔がイイ奴である。

 

社会人になってそれほど年月も経っていない彼が

 

一人でオーセンティックバー行くこともあると話す。

 

まるで社会人になりたての頃の自分を見ているようで

 

「お前の送別会代わりにバーへ連れてくぞ。」と言うと

 

「それなら恐れ多く未だ足を踏み入れたことのない

 

『銀座』のバーへ是非とも連れて行ってください。」

 

と目を輝かせながら私に言う。そうかそれならば

 

若者では足を運べないであろう古き佳き銀座の

 

お店を紹介しようと思い立ち二人で新橋へ向かう。

 

JRのガード下、昭和の薫り漂う路地にある一軒、

 

昭和24年開業の「BAR John Begg」。

 

大仏次郎氏や小林秀雄氏、山口瞳氏や有吉佐和子女史

 

といった文士の皆さんをはじめとして多くの文化人に

 

愛されたバーと言っても恐らく過言ではないだろう。

 

店名の由来はその銘柄をご存じの方も多いだろうが

 

「ブルーキャップ」の愛称で大変親しまれたイギリスの

 

グラスゴー産スコッチウイスキー「ジョン・ベッグ」。

 

現在は生産中止となっており「幻のウイスキー」とも

 

言われるロイヤルロッホナガーをコアとする銘酒。

 

未だにこのお酒を愛飲するご年配のファンは多く、

 

このお酒を求めてバーを探し巡る方もいるくらいだ。

 

「古き佳き」という言葉が似合うブレンデッドとして

 

多くのウイスキーファンを惹き付ける魅力を持つ一本だ。 

 

 


「赤木」

 

バーの扉を静かに開けるとお店を守る松下漾子ママが

 

「あら、いらっしゃいませ。」と二階から下りてくる。

 

お年を重ねてもいつまでも大変お美しい老婦人である。

 

「ママ、こんばんは。」と挨拶をしてカウンター中央の

 

ストゥールに二人並んで座り、ハイボールをオーダー。

 

このお店ではイギリスの酒造業者にジョン・ベッグに

 

近い味として「エグゼック」という名のウイスキーを

 

オーダーメイドしており、通常はこいつを使用する。

 

どうしてもというお客さんだけにジョン・ベッグの液体を

 

一杯だけグラスに注んでくれることになっているのだ。

 

「まあ新しい部署に行っても落ち着いて頑張れよ。」と

 

やや湾曲した重厚なレッドウッドカウンターで乾杯。

 

バックバーの部材にも同様にレッドウッドが使用され、

 

大変味わい深くとてもイイ模様が浮かび上がっている。

 

その酒棚にはジョン・ベッグの貴重なレアボトルを使った

 

珍しい照明スタンドやさりげない小物なんかもあって

 

私の後輩もすっかりと目を奪われてしまった様子である。

 

カウンターに立つのは松下晴彦氏。お亡くなりになった

 

先代を継いで漾子ママと御一緒にこのお店の灯りを守る。

 

「松下マスター、マーティニ一杯お願いできますか?」

 

「はい、分かりました。」と言ってステアする松下さんの

 

手元を真剣にジッと見つめる後輩の顔を見ていたら

 

バーに通い始めた頃の好奇心一杯の自分を思い出した。

 

初めて訪れるバーの扉の取っ手に手を掛ける緊張感、

 

店内に入りストゥールに座るまでのドキドキした感じ、

 

まるで手品かのようにアルコールという液体を混ぜ合わせ

 

素晴らしいカクテルを作るバーテンダー達の格好良さに

 

見とれてしまう自分。恐らく後輩である彼もこれから

 

そんな経験を積んでいくんだとその瞳が語っている。

 

  


BAR 「John Begg」

 

東京都港区新橋1-13-1

 

03-3591-6865

 

最寄り駅

 

JR・地下鉄新橋駅から徒歩3分

 

お店一口メモ・・・

 

銀座の古き佳き時代を感じさせる内装や

 

調度品の数々は一見の価値有りです。

 

漾子ママが語るかつての銀座の風景も

 

ご年配の方には懐かしく、私のような

 

若輩者にはとても新鮮で興味深いものです。

 

どこか懐かしい風景の中でゆったりと

 

お酒を愉しめる素晴らしいバーです。