Compass №102

「酒房 山小舎」


 

「割子」

 

仕事で島根県東部、松江市へと飛ぶ。

 

ここ松江と言えば古代出雲の中心地としての歴史古く

 

江戸時代には城下町として栄えた山陰地方の中核都市。

 

蕎麦好きな私としては折角「出雲」の地に来たからには

 

この地方の食文化の一つといっても過言ではないだろう

 

「割子蕎麦」を手繰らずして蕎麦を語るなかれと思い

 

早速夕刻より出汁巻きをアテに豊の秋の燗酒を愉しみ

 

最後は三段の器に盛られた香り高い割子蕎麦で締める。

 

日本海で捕れる蟹やのどぐろといった新鮮な魚介類にも

 

後ろ髪を引かれつつも、お次はもちろんバーへ行こう。

 

松江の街には北に「東本町」、南に「伊勢宮」という

 

歓楽街が広がり、今宵は東本町にある老舗バーへ向かう。

 

創業1957年、「酒房 山小舎」。

 

松江市内でも一番古いとされる石造りの佇まいのバー。

 

バードアを静かに押すとその向こうにはまさに山小舎の

 

雰囲気がたっぷりする木造の落ち着いた空間がひろがる。

 

地元のお客さん達がリラックスしながら呑んでいる姿は

 

まさに登山客が山小屋で一服している姿を連想させる。

 

しかしバックバーに並ぶお酒の数は半端な数ではない。

 

中には老舗バーだからこそのレアボトルの姿も見える。

 

オーナーバーテンダーは口髭がよく似合う吉永邦晃氏。

 

「まずはジントニックからお願いします」と言うと

 

腰を痛めているため木製の椅子にお座りになっていたが

 

「ふるさんはわざわざ遠方から来て頂きましたのでね」と

 

腰を上げてジンとトニックウォーターを注いでくれる。

 

 


「時代屋」

 

1937年、旧満州の奉天市生まれという吉永さんは

 

直木賞作家である村松友視氏の「時代屋の女房・怪談篇」に

 

登場する名バーテンダーであり、今や伝説の名店である

 

銀座クールの古川氏や新橋トニーズバーの故トニー氏とも

 

親交を持ち、上京の際には必ずお店に顔を出したそうだ。

 

「段々と我々の同世代の仲間も少なくなってきましてね」と

 

少し寂しそうにおっしゃるのが私の胸にもズンと来る。

 

2杯目はハイボール。何とも言えない「時」の経過を

 

深く感じずにはいられないノスタルジックな味わいの一杯。

 

ボトルを見ると特級ウイスキー時代の角サンだったりする。

 

ふと見ると吉永さんのお隣には白ワイシャツに黒ベストが

 

とてもよく似合う若手のバーテンダーが微笑んでいる。

 

「息子に継がせる気は毛頭無かったんですけどね。」 と

 

吉永さんが少し微笑みながら息子さんを紹介してくださる。

 

その息子さんも大変勉強熱心な方であり東京を中心として

 

全国各地のバーを巡り歩いていると聞き、3人の会話は

 

銀座のバーを中心に盛り上がったことは言うまでもない。

 

しかし息子さんはあくまでカウンターの中では吉永さんを

 

父ではなく師匠と仰ぎ折り目正しく接することを忘れない。

 

そんな親子を見て、郷里札幌にいる父を思い出したりする。

 

さて、そろそろ時間だ。締めはマーティニで行こう。

 

息子さんもきっと大変立派な後継者となるだろうが

 

吉永さんにはいつまでもお元気で頑張って頂きたいと

 

このマーティニを呑みながら思わずにはいられない。

 

 

 


「酒房 山小舎」

 

島根県松江市東本町1丁目33

 

0852-21-1090

 

http://fish.miracle.ne.jp/yamagoya/

 

お店一口メモ・・・

 

島根県を代表する素晴らしい老舗バーです。

 

カウンターに座り深呼吸すると何となく

 

昭和の懐かしい薫りがしてくる気がします。

 

お一人のお客さんや女性同士のお客さんの

 

姿もあり皆さんお酒を愉しんでいらっしゃいます。

 

吉永さんに戦後のバー変遷のお話しを聞きながら

 

松江の夜をゆっくり過ごすひとときを味わってみてください。